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ちょっとがっかり 

長期案件として受注していたもののうち、来月末以降に納品する予定だった部分が、クライアントからソースクライアントに納品するスケジュールが繰り上がり、私の可能なスケジュールでは間に合わなくなったため、キャンセルになってしまった。非常に残念だが、クライアントから聞いた事情では致し方ない。

こういうときは、いつも「捨てる神あれば拾う神あり」と自分に言い聞かせるようにしている。しばらくたっても「拾う神」が現れそうにないときは、「スキルを磨くために時間を使えという天の思し召し」だと考えるようにしている。ついダラダラしてしまうんだが……。
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フォーチュン誌 

米国の経済誌「フォーチュン」は、中国大陸や香港では“《財富》雜誌”と呼ばれるが、台湾ではどうやら“《財星》雜誌”という言い方が優勢のようだ。

日本語力低下の表れ? 

「生徒や学生の学力が昔に比べて低下している」というような指摘自体は、もうずいぶん長いことなされてきたような気がする。

少なくとも、私が高校生・大学生をやっていた1980年代あたりでも、自分たちの親の世代くらいかそれより上の人たちからは、「今どきの学生はロクに勉強をしない」みたいなおしかりを、耳にタコができるほど受けてきた。

しかし、「ロクに勉強をしない」と言われ続けてきた自分が見ても、先般文部科学省の国立教育政策研究所が発表した「特定の課題に関する調査(国語,算数・数学)」の結果に関しては、一定の驚きを感じずにはいられなかった。リンク先にある複数のPDFファイルのうち、「特定の課題に関する調査(国語) 結果のポイント」によると、正答率の特に低い問題は以下の通りだという。

【読み】
-小学校-

「挙手して発言」17.2%(4年)
「改行しながら書き」18.7%(4年),23.3%(5年)
-中学校-
「趣のある庭」31.8%(1年),60.3%(2年)
「感嘆の声」40.0%(2年)
「誇張して話す」31.0%(3年)

【書き】
-小学校-

「チームのしゅりょく」17.5%(4年)
「ふくびきのけいひん」18.8%(4年)
「ハワイをかんこうする」26.8%(5年)
-中学校-
「輝かしいコウセキを残す」17.6%(2年)
「テンボウ台に登る」21.9%(2年)
「フルって応募する」24.1%(3年)


また、「字形や音・訓,意味の類似等による誤答がみられる」とのことで、その例として以下のものが挙げられていた。

● 字形の類似,偏・旁(つくり)による誤答
【読み】「挙手」を「けんしゅ」(小5),「潤滑」を「じゅんこつ」(中3)
【書き】「往復」を「住復」(小6),「奮って」を「奪って」(中3),「専門」を「専問」(中1)
● 音・訓の類似や読み間違いによる誤答
【読み】「子孫」を「こまご」(小4),「改行」を「かいこう」(小5)
【書き】「要点」を「用点」(小5),「忠告」を「注告」(中3)
● 意味の類似による誤答
【読み】「縮尺」を「しゅくしょう」(小6),「誓約」を「けいやく」(中3)
【書き】「健全」を「健善」,「賢全」(中3)


「国語ペーパーテスト調査集計結果」の漢字読み書きに関する部分もざっと眺めてみた。だいたいは7割以上の正答率だったが、例えば中学3年の読みでは、「感嘆」が44.9%、「短絡的」が53.5%、「誓約書」が40.3%、「偏った(考え)」が47.8%、という風に正答率が低いものもあった。

うーん、個人的には「もう少し読み書きできてもいいんじゃないの?」と思うところだが、では自分たちの世代が小中学生のころに同様のテストを受けていたら、結果はどうなっていただろう。「詰め込み教育」、「受験競争が激しすぎる」という批判が盛んだった時代に教育を受けた世代との比較をぜひとも知りたいが、ドラえもんの助けでも借りない限りは無理な話だ。せめて、今後も調査を定期的に行って時系列のデータが蓄積されるよう希望する。

仮に、継続的に正答率が低下するようであれば、日本語力の全体的な低下を示唆するものという解釈も可能だろう。そうなった場合、翻訳者としては次の2点を懸念する。

第一に、外国語習得力が低下することだ。少数の例外を除き、たいていの学習者はまず母語を身につけ、その後から外国語を学ぶ。その際は母語より外国語がうまくなることはない。そういう土壌では当然、質の高い翻訳者も育ちにくくなるだろう。

第二に、「読み手が理解しやすい訳文」、「読みやすい訳文」の基準がずるずると下がるおそれがあることだ。現状でも、新聞・放送などにおいては難解な言葉は言い換えをすべし、という基準がある。例えば共同通信社の基準では、邂逅(→巡り合い)、容喙(→干渉、口出し)、諦観(→達観、悟り、あきらめ)などの言い換えを推奨している。日本語力が低下しているのに、この基準を変更しないでいれば、新聞記事の意味が分からない人が増えるであろうし、逆に基準を日本語力低下に合わせて引き下げれば、「翻訳者が使いたいのに使えない言葉」が増えることになりかねない。とくに後者は頭が痛い事態である。

「お父さん、お母さん」への強烈な違和感 

らんさんの人気ブログ、中華的生活「多少銭?」の「一万円からお預かりいたします」というエントリーがとても面白かった。日本語の敬語表現、若い人の妙な敬語の話から、日本語と中国語・英語の違いというような点にも言及されている。

翻訳に絡む内容だったので私もちょっとコメントしたのだが、他の方のさまざまなコメントがまたとても興味深かった。その中で、「最近、若いタレントの多くが自分の親を『お父さん、お母さん』と(他人に対して)言っていて、幼稚に思える」という旨の指摘があった。それに賛同する別の方のコメントも、このエントリーを書いている時点でもう1件あったので、そうそうその通り、とうなずきながらそれらのコメントを拝見した。

こういう「お父さん、お母さん」に対する苦言は、小谷野敦氏のブログでも最近述べられていた(時折実名入りで記事を書いておられるし、内容的にも他人のなりすましとは思えない気がするので、私はご本人のブログだと信じている)。そうやって立て続けに、同様の苦言を見かけたので、もしかしたら30代くらい以上の世代では私と同じ考えの人が少なからずいるのだろうと推測する。

私の個人的な基準として、他人に対して自分の親を「お父さん、お母さん」と称するのが許されるのは、日本育ちの日本人だったらせいぜい小学生くらいまで(できれば高学年くらいで「父、母」と言ってほしい)。あと、日本語日常会話が何とか話せるくらいの外国人も大目に見る。さらに、基本的に海外育ちで日本語で教育を受けていない帰国子女の「お父さん、お母さん」もまあ許容範囲としよう。

しかし、このまま行けばいつかは「父、母」ではなく「お父さん、お母さん」が優勢となり、これが標準となる日が来そうである。自分が翻訳の仕事をしているうちに、「父、母」が異端もしくはほぼ絶滅という時代になったとしたら、自分の意見は保留にして「お父さん、お母さん」という訳語を使わざるを得ないだろう。とはいえ、個人的にはやはり強烈な違和感があるので、そういう時代は来てほしくないと願っている。

意味が逆になる誤訳 ~ 否定語の訳し忘れ 

このニュースにギクっとした翻訳者は少なからずいたのではないだろうか。少なくとも私には、人ごとに思えなかった。

TBSがまた“超訳”小泉の靖国参拝のコメントで(2006/7/8)

 筑紫哲也氏がキャスターを務めるTBSの「ニュース23」(29日放送)
が、小泉純一郎首相の靖国神社参拝について「行くべきでないと強く感じてい
るわけではない」と語ったヘンリー・ハイド米下院国際関係委員長(共和党)
のコメントを、「行くべきではないと強く思っている」という日本語字幕を付
けて放送。7月5日、番組中で釈明した。

 同局では「字幕表示に一部正確さを欠く表現があった」としているが、コメ
ントのキモとも言える部分での誤訳だけに致命的だ。


実際、どんな映像なのかなと思っていたら、当該のオンエアがyouTubeに上がっていることがわかった。英語と字幕の書き起こしも掲載されていたので引用する(太字は引用者)。

6/29 TBSが誤訳報道 「幻に消えた?米議会での演説」

ハイド米下院議員の発言:
"I don't feel uh strongly that that the Prime Minister uh shouldn't uh visit the shrine, it's just that I would like to bring to his attention the sensitivity of Americans uh that are involved in the recognizing uh World War Ⅱconbat circumstances."

TBSの訳:
「私は日本の首相が靖国神社に行くべきでないと強く思っています。私が小泉首相に配慮してほしいと思うのは第2次世界大戦に参戦したアメリカ人の感情についてです」 ...



「翻訳ミスではなく、TBSの意図的改変、歪曲ではないのか」という議論もあるようだが、それはさておく。誤訳に至るまでの経緯はどうであれ、「notの訳し忘れ」という事態そのものが私にとっては関心事だ。

実は何年か前に私も、似たようなミスをしでかしたことがある。“不”だったか“没有”だったかを見落としたまま訳してそのまま納品してしまったのだ。その件は、たまたま納品先のチェックで見つかって指摘を受け、おわびと訂正をさせていただいた。

また、納品前に自分でチェックしていて同様のミスを発見して危うきを免れたケースなら、もっとたくさんある。

“不”や“没有”を見落としたり、見落としたミスを発見できなかったりするのは、要は注意力が足りないわけだが、その背景としては、寝不足、体調不良、他のことに気を取られて集中できない、時間が足りないという焦りで集中できない、などが考えられる。

だが、そういう状況がないとしても翻訳者が最も警戒すべきは、「“不”や“没有”を訳し忘れても、文章全体のロジックが成立してしまうケース」ではないだろうか。「成立しないケース」、つまり否定する語を訳し忘れると文章の論理の流れが破綻する場合なら、訳していて「おや? 何か矛盾している。おかしいぞ」と気づきやすいのだ。

上記のTBSのケースが、単純な翻訳ミスだとするならば、まさに「否定する語を訳し忘れても、文章全体のロジックが成立するケース」である。後ろが「アメリカ人の感情に配慮してほしい」という内容であるゆえに、「参拝すべきでないと強く思っている」と誤訳しても、文章の流れに矛盾は生じない。

もっとも、この原文には「感情に配慮してほしい」の前に「it's just that...」とある。これを訳した人がこのjustにもう少し注意を払えば、「~。ただ、私としては……」と、前の部分とは順接的ではないことを述べていると気づいたであろう。仮にこの部分がbutでつながれていたら(それが自然な英語かどうかはよくわからないが)、最初のdon'tを見落とす可能性はぐっと下がったかもしれない。

*追記(2006/7/11)

その後、ウェブを見ていてようやく知ったのだが(無知ですみません)、このハイド議員は、「いかにも小泉首相の靖国神社参拝反対を唱えそうな立場の人」なのだった。自分を省みるに、「この人だったら、きっとこういう内容を主張するだろう」という背景知識が逆に変な思いこみを生じ、なおかつ注意力が足りない時にも、誤訳する危険性が高まる。これを他山の石とし、自戒せねば。

劈腿 

劈腿
pi1tui3

1. 武術などで足を左右または前後に開脚して地面につける動き。
2. 浮気する。二股をかける。
3. 足を八の字に開く。女性を侮辱する言葉。


「劈腿」という単語自体を収録している辞書が少ないようだ。Wordtank G90しかり。
知識詞典台灣教育部國語辭典ではヒットしたが、2の意味はどちらも載せていなかった。3は教育部國語辭典のみに掲載。

実際にググってみると、どれにも掲載がない2の用例が圧倒的に多い。

股を開くか開かないかの問題 

「股」は開くべきらしい。

ちなみに「開く」というのは、漢字表記をかな表記にすることを意味する。かつて通った字幕翻訳の入門講座でそういう言い方を初めて知ったので、おそらく字幕翻訳の業界用語だと思う(もし違っていたらご指摘下さい)。

日本語の場合、漢字表記とかな表記の両方が可能な言葉はたくさんある。そして、漢字表記とかな表記のどちらでも、漢字さえ合っていれば間違いとはみなされない。たとえば、

「昨日、貴社の記者は来ませんでした」を、

「機能、汽車の貴社は来ませんでした」と書いたらバツだが、

「きのう、きしゃのきしゃは来ませんでした」であれば、決して間違いとはされない。

しかし、漢字やかなの表記のバランスが悪いと読みづらさが生じる。それを極力解決することを一つの目的として、「常用漢字表」が設けられているわけだが、これは絶対に従わねばならないものではなく、あくまで目安である。現状としては、「常用漢字表」をベースにした法令・公用文書用の表記の基準やマスメディア各社が作成した基準などが複数存在している。

字幕翻訳の場合は、自分の取引先の場合だと「朝日新聞の用語の手引き」またはNHKの用意用語辞典に準拠してほしい、と依頼されるケースが多い。そしてさらに、朝日やNHKの基準をベースにして、制作会社ごとにまた微妙に異なる表記の基準もしくは好みが存在する。

で、冒頭の「股」は、マスメディア標準では「開く」、つまりかなで書くべし、とされている。だから、「二股」ではなく、「二また」もしくは「ふたまた」と表記しなければならない。「二股膏薬」も「二またごう薬」とするらしい。

しかしである。実際問題として、「恋人がいながらほかの女にも手を出した男」という意味の部分に字幕をつけるときはかなり悩んだ。「二また男」とすると、どうも個人的にはマヌケな感じの表記に思えて仕方がないのである。迷ったあげく、基本表記ルールからは逸脱するが、「二股男」と表記したうえで「二股」にルビをつける形で納品した。字幕の場合、漢字プラスルビの表記は読みづらいので極力使用しないのが望ましいとされるが、やっぱり、股はやたらに開かない方がいいように思えた。

* 2006/7/4 追記
上記の「開く」に関して、「出版業界でも使っているようだ」とのご指摘をいただいた。なるほど、勉強になりました。ありがとうございます。
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